「わかる」と「やる」の間の壁

「あ、それは知っているから大丈夫です」

就労支援の場で、利用者の方がこんなセリフをたまにおっしゃります。
「知っている」の内容はさまざま。履歴書の書き方、面接のときの注意点、受けこたえのポイントなどなど。履歴書の書き方はもう知っているから、それについてこれ以上やる必要はないです、ということです。でも、実際にみせていただくと、確かに「書式」はご存知なのですが、内容が・・・というようなこともあります。

多くの方がご存知のとおり、知識として「知っている」ことが、実際にできるわけではありません。正しい泳ぎ方を知っていても、それだけでは泳げません。適切なさじ加減を知っていても、それだけで料理ができるわけではありません。特に技能、というかスキルというか、行動にうつすことが前提の知識は、

①知っている→②行動にうつせる→③何度も練習している→④思った通りの結果がでる

というような流れで身につけていくことが必要です。こういった流れは、大人になる過程で自然と学んでいる人もいるのかもしれません。しかし中には、「①知っている=④出来る」と思っていて、その間に②と③という壁があることが想像されていないよのかな、と思う人もいます。もしそうなら、学ぶ機会があるといいですよね。

昨年発売された「スタンフォードの自分を変える教室」という本があります。自己制御理論という考えにもとづいて、自分をコントロールするためのさまざまな方法が取り上げられています。実はこの自己制御理論は、勉強やスキル習得の分野でも研究が進んでいます。そして、「学び方についての学び方」を学んだ(???ですね)人は、そうでない人よりも学習成績が向上しやすいことがわかってきています。学び方についての学び方とは、たとえば暗記する方法ってこんなのがあるよね、とかだけでなく、「どうやったら上達するか」、つまり②や③の流れをどうやるかということを学ぶことも含まれます。

自戒を込めて、ですが、伝える側も、伝えた=行動にうつすものという前提が、知らず知らずのうちに自分のなかにあるのかもな、と思っています。こちらも壁を無視してしまっているかもしれないのです。伝えるから一歩踏み込んで、伝えられた発達障がいのある方々が、どうやったら日常で伝えられことを行動にうつし、練習できるか。最近の課題です。


参考にした文献
・スタンフォードの自分を変える教室 ケリー・マクゴニガル 大和書房
・自己調整学習 自己調整学習研究会編 北大路書房

goal

自分を数字にする

毎年、1月1日に「この1年はこんなふうにしたい」というものをいくつか箇条書きで書き出してみることにしています。大半は絵に描いたもちにおわりますが、中には達成できるものもあります。達成できる目標は、当たり前かもしれませんが、「達成できたかどうか」がわかる目標です。これは目標を設定するときに、すごく大事な視点だと思います。

自分の行動を数字にして把握する

「今年はいい人になる」。こういった目標を立てた場合、たぶん、「達成できたな」と判断することは難しいでしょう。一方、「1ヶ月に10人をなにかしら助ける」だったら、前者よりも達成できたかが判断しやすいでしょう。このように自分のやることを数字にして把握してみると、達成したか判断しやすくなります。こういう取り組みを“自己数量化”といいます。以前ブログでも取り上げたゲーミフィケーションでは、この自己数量化が巧みに使われています(ステージの難易度とか、自分のレベルなど)。

また、目標達成では、「いまどこにいるのか」と「あとどのくらいか」がわかるかどうかも重要といわれています。たとえば、山登りでは、登山者は「標高何メートル」や「何合目」といった数字をみて、それら2つを把握するようにするのではないでしょうか。目標達成でも、中間目標をおきます。この際、自分の行動が数量化できると、「いまどこか」、「あとどのくらいか」が客観的にわかりやすくなります。

できたかどうかわかる目標

就労支援の場面では、「どうやってできたって判断するんだろう」という目標を立てている人と出会います。こういう目標に数字をいれたり、「いまどこか」「あとどのくらいか」が分かるような中間目標を入れると、ずいぶん目標達成スキルが上達していくな、と感じます。

今年の目標は、数字を把握できて、達成できそうなものも立ててみてはどうでしょう。日常の中で数字が積上っていく楽しさが、やる気をさらに引き出してくれるかもしれません。ただ、いちいち数字で把握してたらつかれちゃう場合もあるので、ほどほどに。


参考にした文献
・WILLPOWER. R.F.Baumeister & J.TIERNEY. PENGUIN BOOKS
・自己調整学習 自己調整学習研究会編 北大路書房

battery

意志の力は消耗する

寒くなり、布団から抜け出すのが辛い季節になってきましたね。なかなか出れず、「意志が弱いなぁ」と思うこのごろです。そこで、意志の力について、いろいろ調べてみました。

意志力バッテリー

意志の力に関する研究からはいくつかのことが分かっているようです。その中でも特に興味をひかれたことが2つあります。1つは、意志の力には容量があるということです。バッテリーのように使うほど消耗し、消耗するほど力が弱くなるようです。もう1つは、容量の消費には、環境の影響が小さくないということです。ある実験では、散らかった部屋にいる人は、きれいな部屋にいる人と比べて、質問への回答が間違いやすかったり、甘いものへの衝動を我慢しづらかったりしたことが示されています。散らかった部屋から受け取る雑多な刺激を処理するのに意志のバッテリーを消耗したため、と考えられています。

だとすれば、「意志が弱い」と思っている人(思われている人)の本当の問題は、もしかしたら本人以外のところにもあるのかもしれません。意志のバッテリーがずっと使われていたり、消耗しやすい環境があったりする可能性があります。実際、スマホなどで常に情報刺激にさらされている今の社会は、気づかないうちに意志のバッテリーを消耗してしまい、意志が弱まりやすい環境といえるのかもしれません。

意志力の消耗を避け、充電する

意志の力を有効活用するにはどうすればよいのでしょうか。いくつか方法が提案されています。そのうちの1つが、環境を整える方法です。先ほどの実験が示すように、部屋や机がきれいなだけでも、意志のバッテリー消費は抑えられるでしょう。他にも、目をつぶって視覚情報を遮断する、睡眠をとる、適度な糖分(グルコース)をとるなどで、ある程度回復するようです。また、たくさんの目標を追うより、目標を絞った方がよいようです。

意志の力を鍛えることについても、研究されています。強さはなかなか鍛えられないようですが、意志の持続力(スタミナ)は、トレーニングによって高まるようです。こういう結果をみると、「意志を強く持つ」って結構難しいことなのだな、と感じます。

意志の力に責任をもとめて自分を戒めることはもちろん必要でしょうが、意志の力をより発揮しやすい部屋だったり机だったりといった環境を整えることも、同じくらい大切だと思います。もっとも、そうするためにも意志の力が必要なのが悩ましいところです。


参考にした文献
・WILLPOWER. R.F.Baumeister & J.TIERNEY. PENGUIN BOOKS

感情は色のようなもの

最近、心拍数を測定しながらジョギングしています。心拍計とアプリがセットになっているものを使っていて、走行中、心拍数を上げたり下げたりするようにイヤホンから指示が聞こえるようになっています。慣れてくると、このくらいの走りならこのくらいの心拍数だ、ということが感覚的にわかってきて、心拍数がそれなりにコントロールできるようになっていきます。

感情のスペクトラム

近年、感情に対して全く新しい考え方が出てきています。その一つが、コア・アフェクト理論というものです。この理論によれば、心拍数などの「覚醒状態」と、「心地よいか不快か」の2つが、感情をもつ決め手になります。

心理学者のバーレットは、「感情とは色のようなものだ」と述べています。色自体は、光りの周波数で、それを受け取った人間が「青」とか「赤」と名付けています。周波数自体が「青い」わけではありません。感情もそれと似ていて、感じる段階では、心地よいドキドキとか不快なドキドキとかそんな状態です。それを、感じた人が「楽しい」とか「悲しい」と名付けているんだ、ということです。名付ける際には、たとえば「楽しいとはこういうこと」というような感情についての知識が影響します。つまり、楽しいってどういうことかを知らない人は、知っている人よりも、楽しいに気づきにくいことになります。これは、たとえば音楽の知識が豊富な人ほどイントロを聴いただけで曲名とかジャンルを当てられるのに似ています。

感情のコントロール

感情への気づきとコントロールが難しい人も多い発達障がいですが、怒りや喜びといった感情の名前やその表情、定義などについて学ぶことが、感情をコントロールするスキルの獲得に役立つといわれています。実際、キャットキットという療育プログラムでは、感情の学習が大切な項目の一つとして位置づけられています。また、呼吸法などのリラックス法をやると、心拍数が下がります。心拍数が下がると「覚醒」が下がり、感情の変化を感じられるのかもしれません。

自分の感情を「モヤモヤしてる」とか「ムカムカしている」というような曖昧な状態で感じる人よりも、具体的に理解する人(いまいら立ちと不安と悲しみが混じってる状態かな?のうような)の方が、感情はコントロールしやすくなります。もちろん、我々の頭はそんな曖昧な状態でも大丈夫なようになっているので、普段からそんな細かく把握する必要はないと思います。ただ、モヤモヤをすっきりしたい、と思うようなときは、あなたのコア・アフェクトがどう感じられるか、まず探って名前をつけてみてはいかがでしょう。


参考にした文献
・感情心理学入門 大平英樹編 有斐閣
・Barrett, L. F.(2006).Solving the Emotion Paradox:Categorization and the Experience of Emotion. Personality and Social Psychology Review, 10, 20-46.

多重知能理論(MI)の魅了:2

mi研修などでMIを実施すると、「得意なMIはわかったけど、どういかせばいいのか」という点に多くの方が疑問をもたれます。そこで、今回はMI理論が実際の支援などでどのように活用できるのか、という点について書いてみたいと思います。あくまで試行錯誤している段階で、明確なエビデンスがあるわけではありませんが、なにかの参考になれば嬉しいです。

手探りな活用方法

いまのところ、3つの目的で活用方法を実践しています。

1つ目は、自己肯定を高めることです。支援対象者が持つ自己イメージを「いいところなんて何もない」から「いいところもあるかも」へと更新する役割を期待しています。自己否定感の強い方が多い就労支援では、特にこの効果をねらって実施しています。この場合、「で?どうすればいいの?」はあまり考慮にいれません。

2つ目は問題解決のツールを増やすことです。自分が目標達成するために、どんな手段を組み合わせていくとよいのかを探るヒントとして活用します。例えば、
 言語:日記を書いてそれを分析するとか、口に出してみるとか。
 論理:意識的に因果関係を分析してみるとか。
 空間:考えるときに、文字よりも図式化や絵の描写を多様してみるとか。
自然にやっていることを意識化すると、工夫や努力を投じる対象となりやすくなります。なんとなくうまくいくときには、意識されていないだけで自分の得意なMIが発揮されているのかもしれません。それらを意識化し、手段として意図的につかうことで、「なんとなく」が、「こうすれば」に変わっていくことを期待します。

3つ目は、チームビルディングです。初めて会った人やこれから一緒に仕事をする人との共通点や、その人の得意な点を知るきっかけになります。たとえば、すごくゴツくて強面な人と、きゃしゃで柔和そうな人が、MIのワークでお互いに実は昔ピアノを習っていた、という共通点がみつかり、意気投合するようなことがあったりします。

ちなみに、提唱者のガードナーは、MIをこういった「問題解決の道具的に」使うことはあまり好ましくないと考えている部分があるようです。でも、どう使うか?は、強みを活かすとか伸ばすという視点からは、大事な取り組みだと思います。

MIにはいろいろと批判もある

そもそも、IQと違い、客観的に測定する方法がありません。ガードナー自身がそういった測定に反対の立場をとっており、基本的には観察や面接から特徴を探ることになります。こういった点が、客観的な測定を大事にする立場の人たちからはものすごく批判を受けているようです。現場の視点からみても、測れるにこしたことはありません。そこで、海外のさまざまな実践家は、独自にチェックリストなどを作成し、手がかりをつかむ工夫をしています。日本でも、大手進学塾がMIの研究者と組んで、生徒の学習スタイルを測定したりしています。批判は他にも、MIのカテゴリがそもそも妥当なの?というものなどがあります。

なんか良さそうだけど、どういいのかはいまいちわかりにくい。そんなところに魅力を感じます。どう活用すればいいのか考えるのに、こちらの関わる余地がたくさんある点も魅力です。みなさんも、自分なりのMI活用方法を考えてみてください。


参考にした文献
・MI:個性を生かす多重知能理論 ハワード・ガードナー著 新曜社
・発達障害の子どもたち 山崎晃資著 講談社
・実践知 金井壽宏/楠見孝編 有斐閣
・MI at 25. Branton Shearer. Teachers College Press.
・MultipleIntelligences in the classroom. Thomas Armstrong. ASCD.
・MultipleIntelligences in practice. Mike Fleetham. Network Continuum Education